私は、高専在学中の頃にキリスト教の洗礼を受け、クリスチャンになりました。

それまでの私の人生は、キリスト教に全く関係のないものでした。実家は特定の宗教を信仰していませんでしたし、親族に何かを信仰している人もいませんでした。

そのような私がキリスト教に興味を持ち、洗礼を受けようとまで思ったのには、当然それなりの理由があります。

第一に、イエス・キリストという人物の優れた人間性でした。新約聖書に収録されている4福音書(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ)には、イエスの誕生から十字架、復活に至るまでの人生が記されています。私はこの福音書を読み、イエスの人間性に非常に惚れ込みました。

第二に、非常に体系的で秩序だった神学が存在していることです。これは何も、後世の神学者が「後付で」付け加えた神学が素晴らしいと言っているのではなく、聖書自体が語る神学。言い換えるなら、神が計画された「神の物語」が素晴らしいということです。

一般的に言われているように、自身の認罪と、イエス・キリストが自分の罪のために十字架にかかって死んで、よみがえってくださったという「福音」は、とても素晴らしいものです。これに代わるものはありません。

ただ、いきなりそれを信じろと言われても、難しいものがあります。

そうなると、キリスト教入門という書籍は本来、上記の「神の物語」を説明しつつ、福音を説明する本であるべきだと、私は考えています。

実際のところ、そのようなアプローチでキリスト教(あるいは聖書自体)を解説する解説書も存在しますが、少ないのが現状です。

私が今から書こうとしているものが、それらの解説書に勝るとは考えていません。ただ、解説書というのは、多くあればあるほど良いのです。

そういうわけで、私は今から駄文なのは承知で、解説を書いてみようと思うのです。

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